近年、船井総研の船井幸雄は井上に会うなりこう言ったという。
「井上さん、あなたの才能は天性だ。勉強や努力によって身についたものではない」。

 実際、1971年に「8Juke」という名称で井上が世に送りだしたカラオケシステムは、発明というよりもバンドマンという「酒場の職人」が生み出した「現場の工夫」だったという方が正しい。
 当時三ノ宮で弾き語りとしてクラブに出演していた井上は、音痴な客に合わせて演奏するのが得意だった。何故なら彼自身、楽譜が読めなかったのだ。高校時代、見よう見まねで始めたドラムを皮切りに、彼は芸術ではなく商売(井上の言葉で言えば“小商い”)としてバンドマンを続けていた。

 ある日店でなじみの社長が社員旅行用に演奏をテープに録音してほしいと言って来た。いつものようにキーやテンポを社長に合わせた演奏を録音すると、これが大好評だった。「ならばこういうテープを酒場に置いたらいいじゃないか」。閃いた井上は、当時登場していた8トラックのテープにオリジナル演奏を吹き込んで空演奏のテープを作った。同時に再生装置にコインボックスを付け、100円で5分間マイクの音声と演奏が流れるように設定した。カラオケの原型だ。
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